前原さんへ。
八ッ場ダム問題に関して論理矛盾があると言われていたので、熟考した結果、僕の論理展開を書いておこうと思いました。
八ッ場ダム開発近辺に行く機会があり、見て周って考えました。
このような素晴らしい景色を私たちの代で失ってしまうのには相当の罪悪感がありました。
今後、上手くやれば観光で生活が出来るのではないかと思えるようなとても素晴らしところだと思いました。
ダムを造らないことで素晴らしい景観を守り、未来へバトンタッチをしたいとも思いました。
また経済合理性で考えると、
100年に一回あるかどうかの水害の対策のために巨額のお金を使うのはどうかとも考えました。
でも、経済合理性ではなく、「人命を守る」という視点から考えると結論としてはダムを作った方が好いという考えに至りました。
今年の震災や水害を経験していなかった当時は、私はダムの建設に反対でした。
100年に一回あるかどうかの水害のために巨費を投じるのは問題だと思いました。
でも、可能性は低くても、水害が起こらないという保証はないのです。
人命を守るという視点で考えれば、
たとえ100年に一回あるかどうかの水害でも対策はしておかなければならない。
僕たちの世代で水害が起こらなくても、孫の世代で水害が起こるかもしれない。
もし孫の世代で水害が起こったならば、僕たちの世代の行動は正しかったと言ってくれるでしょう。
今、できる最善の行動をとらなければ、未来に影響を及ぼすのです。
今を変えれば、未来は変わります。
今だけの経済合理性を考えるのではなく、「人命を守る」という考えに立つとどうしてもダムを作った方が好いという結論に至ります。
利権だとか、マニフェストだとかを考慮にしていません。
ただ単に「人命を守る」という視点から考えました。
経済合理性を考えると、原発の再稼働はすぐにでもした方が好いでしょう。
でも、小さな子供たちのいる親たちは、原発の再稼働をすれば、かなり不安感を持つと思います。
未来を意識している人たちからすれば、原発の再稼働は、未来の滅亡を意味していると思っても差し支えないと思います。
そして、現に原発事故は起こりました。
運よく、また多くの方々のお力のおかげで原発事故は終息に向かっていますが、原発を使うなら事故は起こることを前提にした対応を求められます。
そして、シミュレーションでは多くの方々が亡くなっていることと思います。
今を変えれば、亡くなっているかもしれない人たちを死なさずに済みます。
そう考えると、今だけの合理性だけで行動していいのだろうかという疑問に直面します。
だから、私は「人命を守る」という基準を持ちました。
当時とは考えは真逆になりましたが、前原さんには分かってもらえると思います。
もしこの文章を前原さんに読んでいただけるならうれしいです。
では、では。未来ある子供たちのために…。
すげよ。